中田英寿の名言集

セリエA全盛期、一人の日本人が大活躍した。
日本人はフィジカルが弱いといわれているなか、
中田英寿が吹き飛ばされたシーンを見たことがない。
身長が高いわけでもなく、特別恵まれた体格とは言いがたい中田は
ボディビルダーのような選手が蠢くイタリアで
体をぶつけられても倒れない強さがあった。

彼ほど頼もしい選手はいなかった。
中田がいたころのサッカー日本代表は、世界の強豪と戦っても
[それでも中田ならなんとかしてくれる]
という期待を持たせてくれた選手であった。

以後、海外で活躍できる選手は決して多いとはいえない。
長谷部もブンデスリーガで活躍はしたものの
サイドバックであり、ポジション的にも注目されるレベルではなかった。
中村俊輔もスペインではまともの試合にでれないまま日本に戻ってきた。
一人で試合を動かす力を見に着けていたのは中田ぐらいであろう。

プロは練習が嫌いになるくらい練習するのが当たり前。
 だから僕は練習が嫌い。」
中田はいつもクールだが、死に物狂いで練習をやっていたのだろう。
この名言からはそれが伺える。
中田を越えるような選手を早く見てみたい。

「日本人初といわれることに興味がない。
もっと俺は上を目指している」
と、チャンピオンズリーグで快挙を成し遂げた本田なら
越えることができるかもしれない。

サッカー界のに多大なる影響を与えた日本人といえば
まずは中田のイメージが浮かぶだろう。
スクデットを獲得し、日本をワールドカップに連れて行った立役者。
実力だけでなく、考え方やファッションセンスも日本人離れしていたため、
非難する人もいた。

そんな状況を踏まえてのヒデの名言は的を得ていた。
「右へならえ」をすれば、自分の責任はなくなるからね

最もである。
空港から降り立つときも、独自のファッションセンスだった彼を
マスコミは面白おかしく取り上げた。

彼は日本の代表として海外にサッカーをしにいっているのではない。
自分の為にプレーし、そして、休暇、もしくは日本代表の為に
自分のタイミングで帰ってきている。
どんな格好で帰っても自由だしスーツの着用は義務ではないはずだ。

ここでいうスーツを着ているのが「右へならえ」なのであろう。
いつまでも無難な選択をしているのでは
日本の域を出ることはできないのかもしれない。

そういえば本田圭祐は両腕に時計という独自のスタイルを持っている。
彼を越える逸材がここにいるのだ。

二人が同時にプレーするサッカー日本代表を見たかった。

サッカー選手は2種類に分けられる。
ファールを受けた時に痛がる選手と痛がらない選手。

そんなことはさておき、痛くもないのに大げさに痛がる行為は
サッカーを見てるものにとっては非常に不快である。

「ファールの酷さを審判に伝える為の演技だ!ハングリー精神だ!マリーシアだ!」
なんて言われればそれまでだが、
サッカーの楽しさを伝えるには程遠い行為である。

プロならば痛みを我慢してプレーを続けて欲しいものだ。

絶対に痛がらない男、中田英寿はこのような名言を残している。


「俺がもしピッチで倒れて寝転んでいたら、それはもう本当に立てない、動けないとき。
痛みなんて、望む結果を得ようとしたら些細なことでしかないから」

イタリアの屈強なフィジカルにも負けなかった中田英寿。
その理由がこの名言に隠されていたのであろう。

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